ハチの田んぼ
昔、うちにはハチという猫がいた。
ハチとあたしの日課は毎晩の散歩。
晩御飯を食べたあと、玄関で、にゃあにゃあとなくハチに
戸をあけてやると、ついて来るあたしを何べんも確かめながら
すぐ近くの田んぼに向かうハチ。
田んぼのはたのフェンスに腰掛けて、暗い中をハチがくるくると
走りまわるのを眺めるひと時。
ハチという名前のとおり8キロもあるその姿のせいか
まるで犬のように走りまわるその姿のせいか
近所のおばあちゃんが、立ち止まってあたしに訊いたことがある。
「 あれ、何?・・・・たぬき? 」
たぬきとちゃいます、猫ですというあたしの言葉に
おばあちゃんは、それでも何べんも首をかしげながら、通りすぎてった。
その姿に笑いをかみ殺した。
ひとしきり遊んで満足して戻ってきたハチに
はっちゃん、たぬきと間違われたでと言うたら
意味わかってるんか、わかってないんか、嬉しそうに、にゃあんとないた。
お散歩のあとは、ひときわ嬉しそうに、
お尻尾をぴんぴんに立てて歩くハチについて家に向かう。
時々振り向いて、あたしが後ろにおるのを確かめて、にゃあとなく。
はいよ、いてるよと返事すると、また安心したように歩きだす。
にゃあ~、はいよ、にゃあ~、はいよ。
静かな夜の空気に響いてたハチとあたしの声。
最後に会うた時、ハチはもうほとんど歩かれへんようになってた。
それでも、帰って来たあたしを見て、よろよろした足取りで
必死で玄関まで歩いて、
田んぼに行こうと言うハチを、あたしは抱いて外に出た。
両手でも、やっとこ抱っこできてたハチやのに
久しぶりに抱き上げたハチは、こわいぐらいに軽くて、
その頼りない感触に胸がつまった。
ゆっくりと田んぼに向かう。
あたしの腕の中で揺られるハチは、眠ってるように目を閉じてたけど
ハチ、田んぼやでって言うたら、目をあけて、
わかってるんか、わかってないんか、じいっと田んぼを見てた。
ハチが走りまわってる姿のない冬の田んぼは、暗くて、寒々として
気持ちの中まで凍えてくるような気がした。
ハチ、もうすぐ春やから。
また春に帰ってくるから、それまでに元気になって、またお散歩しょうな
待っててなって、きっと叶わへんとわかってる言葉を、
それでも何度もくり返したあの晩のあたし。
ハチはそのたんびに、か細くなった声で、にゃあんと返事をしてた。
ハチはもういてないけど、ハチの田んぼは、まだあって、
通るたんびに、つい目をこらしてしまう、ハチの姿を探すみたいに。
銀ちゃんも斜頚になってから今日で3年になりました。
ハチを失い、また新しい命を家族として迎える決心がつくまで
長い時間がかかった私でした。
これからどのぐらい一緒にいられるのだろうという思いに
胸がつまることもありますが、今日そばにいてくれることに
感謝しながら、彼女との日々を大切にすごしていきたいと
思う私です。
みなさんと一緒に暮らされてる小さな命も、日々幸せに健やかに
少しでも長く一緒にいられますようにと願ってやみません。
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